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夏休み前の実習終えると、暫く休み。貴重なバイトの時間。
ずっと使って貰ってた、建材屋さんでのバイト。リフト乗ったり、トラックの助手席乗ったり。
馬力があるからと、荷下ろし要員として結構待遇が良くて。居心地も良くて。
時間あれば八時半入り五時半上がり。働いてる実感があったし、昼弁当が出るのも、嬉しかった。

大量の運搬終わってやれやれって感じで事務所帰ってきた時、事務長さんがメモくれて。
「電話。女の子。」
え、って感じで受け取って。何か嫌な予感がして。電話借りてかけてみて。
電話番号は総合病院の内科病棟で。彼女とお婆さんの名前言ったら、彼女呼びだして貰って。
「どしたの?」
「おばーちゃん、入院しちゃいました。」
微妙に声、違って。
朝からフラフラするって言ってたから病院行くの進めたら、そのまま入院になってしまったと。
とりあえず顔出す。それだけ言って受話器置いて。早上がりさせて貰って、病院行った。


繋ぎの作業着腰に巻いて安全靴って姿のままで病室行ったら、点滴吊ってるお婆さんがいて。
お婆さんのベッド脇に座ってた彼女が、殆ど走って。目線真下、ってくらいまで来て。
「ご、ごめんなさい。」
「いいよ。」
「脱水症状…。」
「うん、聞いた。」
「仕事…。」
「いいから。」
動揺激しかったのか、僅かに声上擦ってて。俺までそうなっちゃ駄目だと、落ち着こうとして。
「入院ですか。」
「おおげさにせんとって。ついでよ。ついで。」お婆さん、笑って。

脱水症状自体はごく軽い物で、点滴は用心の為。様子見の入院のついでに、健康診断。
医師や福祉課の人が進めてくれて、費用は保護でまかなえると言う事で、
「いい機会だから。」ってな感じの軽い感覚。一泊して静養、異常無いようなら検査開始。
更に一泊して、問題なければ退院。その間、彼女が一人になるのがお婆さんの心配で。
「子守り、お願いできるかねぇ。」
「いいっすよ。」簡単に引き受けて。
子守りって表現、嫌がるかなと思ったけど俺の手持って「お願いします。」だけ言って。
やっぱり何かいつもと違ってて。帰る道で「あ、あは。どーしよう。」言ったきり、黙って。
「何もないよ。」根拠無しでそう言うのが精一杯だった。


お婆さんいないから、食事は一緒にした。タイ米のレタスチャーハンとオニオンスープ。
初めて作ってもらって。おいしくて。誉めたら「お母さんの味にならないですけど。」
恥ずかしそうに言って。思わず、撫でて。嬉しそうに、顔緩めて。やっと少し笑ってくれて。
俺の部屋で、いつもの時間。横来て、チラチラ俺の方見て。つんつん、肩つついて。
「…居てもいいですか?」
「ん?」
「…多分、寝れない。」照れながら、言って。

聞きもしないのに、部屋で一人で寝た事無いからなんて言い訳始めて。また思わず、撫でた。
彼女は八時くらいに学校に行く。その時起こしてと頼んで。夜の十時ごろ。もう寝る事にして。
「お風呂入ってきます。」って、彼女が一端帰って、俺もシャワー浴びる事にして。
十一時頃になって戻ってきた彼女、Tシャツジャージ姿。制服以外で見たいくつかのうちの一揃い。
彼女が部屋入ってくると、石鹸の匂いがふわっと香って。一瞬ドキッとさせられた。
「布団持ってくる?」聞いたら「ここ。」って、座ってたベッド、ひとつたたいて。
その時はまだ、そこまで甘えるか?と言う感覚。その時はまだ、完全に子守りだなって感じで。
「狭いよ。」
「…あは。平気。」問題無い言う感じで。断る理由が無くて、まあいいいかと。

彼女が全部消すの怖がって、豆球点けた状態でベッド入って。お互いの表情くらいは伺える暗さ。
殆ど真横に彼女の顔があって。部屋で座ってる時なら当たり前の距離なのに、妙に意識して。
胸の上に乗っけた手でシャツ掴まれて、更に身体寄せられて、くっつかれて。
体の右半分に、彼女の身体の感触感じて。…意外と、女の子なんだな。そんな事考えて。
だんだん体温感じて。ちょっと変に意識して。打ち消して。少し離れようとしたら、手に力入って。
「…やだ。怖い。」短く小さく、でもハッキリ言って。驚いて。
「怖いって?」聞いても、答えはなくて。また手に力入って。微動だにも出来なくなって。
寝れるかな、これ。色々考えてるうちに寝息聞こえて。助かったと思った。
でもかなり心拍数が上がって。寝られる状態になるまで、時間かかった。


何とか寝られて、朝は彼女に起こして貰って。送り出す前に、合い鍵渡した。
特に理由は無くて。お婆さんいないなら、こっち来てればって感じで、他意もなく。
それが彼女には嬉しかったみたいで。凄く大事そうにカギしまい込んだのを覚えている。
彼女は学校で、俺はバイトで。どっちも終わってから行くと、面会時間が過ぎる。
俺は中抜け出来たので、様子を見に行った。お婆さんは食後で。談話室でテレビ見てて。
いろんな検査があって退屈はしないけど、消毒と薬の臭いで鼻が変、みたいな事言って。

「一緒に寝て、言われた?」小声で、いきなり聞かれて、動揺隠せなくて。
「言われました。」正直に言って。
「すいません。」つい謝って。笑われて。
「こっちがすいませんよ。あれ、恐がりのあまったれやから。」そうなると思ってたみたいで。
「あんたみたいな人、おってくれてよかった。」お婆さんはそれまでと同じ軽い調子で、
「私がどがいかなっても、あの子ぱっとほたったりせんやろうし。」方言混じりで言って。
ほたる、と言う表現。俺らの地方では、放っておくと言う意味で使うのが普通。
でも、捨ててしまうと言う意味に使う事もあって。前後の感じからして、後者の感じがして。
「しないですよ。」反射的に言って。
「ありがとうね。」急にかしこまって言われて。困った。

バイト終えて家帰ると、彼女はもう部屋にいて。ベッドの上で壁に持たれて、本読んでて。
ポケットから何か出して「貰っていいですか?」部屋に転がってたカラビナにカギ付けてて。
いいよ、って軽く言って。やっぱり彼女にはあわない持ち物だけど、喜んでるから良し、で。
その日は暑い上に配達きつくて、疲れてて。さっさと風呂浴びて、寝ころんだ。
その俺に、彼女はやたらまとわりついてきて。結局、昨夜と同じ態勢で、言葉無しで。
ただ、そうしてる時は不安げな表情がやわらいでて。いつの間にか、深く寝入ってて。
明るい中で寝顔見てると、あどけないと言うか、やっぱりまだ子供っぽさも感じて。
子守り。これは子守り。自分に言い聞かせて。色々抑えた。


入院までして検査して解った事はたった一つ。お婆さん、全く異常無しの超健康体。
脱水症状は、内職頑張りすぎたから、と言う程度の物で、後も引かなくて。
病院のご飯が量が多くて、食べるのに苦労したとか力の抜ける事言って、笑わせてくれて。
家戻れて、すぐ内職始めたお婆さん、少しは休めと言う彼女と早速軽いケンカしたらしくて。
「からこうたら、戻ってこんようなったんよ。」そう言って大笑いして。
また多分俺との事に引っかけて何か言ったんだろうなと思って、部屋帰った。

彼女は多分、ベッドにぽて、と倒れ込んだまんまの姿で伸びてて。俺に気付いて、膝抱えた。
病院嫌いのお婆さんが病院行ってしかも入院、それだけで緊張しきってた彼女、
反動で気が抜けたみたいで。
「大丈夫?」
「はい。」頭に手乗っけて、ぽんぽんやって。
「良かったよ。」
「心配して損した。」
「損したゆーな。」
「あは。」わしわしやって。
やっと、彼女の普通の笑顔になって。それで俺も安心して。

彼女がぽん、ってベット叩いて。横座らされて。くたっと力抜いて、もたれかかられて。
「…お兄ちゃん、いてくれて良かったー…。」お婆さんと同じ事言って。
「信じてちゃっていいんですか?」いきなりで。
「何?」
「病院でおばーちゃんと話した事。」
それか、って感じで。
「うん。」それだけ言って。頷いて。彼女の反応待った。
「…あは。信じましたからね。」
「うん。」
「約束ですよ。」
「うん。」立て続けに、頷いて
俺なんかでも、支えみたいなものになってるっぽい。そんな事を思うと、責任感じだして。
ちょっと重みを感じはしたけど、それも全部ひっくるめて彼女なんだと思った。
その日、彼女は定時で帰った。帰る前に「また泊めてください。」シャツ引きながら言われて。
返答に困ったけど、やっぱりダメとは言えなくて。
「いいよ。」って言ってしまって。
「あは。やっぱり、お父さんみたいだったです。」そんな事言って。お互い照れた。


七月の末。彼女とお婆さんの引っ越しを手伝った。
福祉科の担当さんの勧めで市営住宅への入居希望を出してみたら、
生活保護世帯で高齢者と義務教育中の児童の家庭は優先順位が高くて。すぐ決まった。
入居が出来る事になった時、お婆さんは彼女より先に俺に相談を持ちかけて。
市営住宅は家賃が安くて、たしか一万三千円くらいで、あの時住んでたアパートの半分以下。
家賃共益費水道代込みで二万八千円(内訳忘れた)で、水道代払っても、一万円は浮く計算。
「引っ越し、手伝いますよ。」そう言ったら
「あの子が何というかよ。」少し迷ってて。
俺と会って仲良くなってからの彼女は、それまでとは全く変わったらしくて。
「当たり前の女の子の顔になってくれてね。」お母さんが言ったのと似た事を言って。
彼女が俺と離れて住んで行き来が無くなったら、元に戻るのではと不安がってて。
時々でも会ってやって欲しいと頼まれて。
「会えないと寂しいですから。」素直に言って。

転居先は歩いて二十分くらいの所。その気になれば、すぐ行ける距離。何も問題は無くて。
「あんたがそう言うてくれたら、話がしやすいけんね。」お婆さんも、安心してくれて。
でも伝えてみて引っ越すのは嫌だと言えば、無かった事にすると言って。
彼女が買い物から帰ってきて。お婆さんと話して。そんな長くかからずに俺の部屋に来て。
さてどんな反応するかな、と構えてたら
「時々ですか?」それだけ言って、俺の答え待ち。
真横来て。左斜め下からじぃー…っと見上げられて。
「いつでも。」少し訂正して。
「毎日は?」
「いいよ。」即答してしまって。彼女は頷いて、一つ息吐いて。笑って。
「引っ越す。」
「決めるの?」
「あは。おばーちゃん、ちょっとは楽かなって。」
二人は、意地張り合いながらも気遣い合ってて。意思の統一が図れれば、行動は早かった。
入居の準備整えて、引っ越し。家財道具運ぶのにバイト先でトラック借りられて、助かった。
小さなテレビと冷蔵庫。洗濯機。ガスコンロ。テーブル。衣装ケース三つ。学用品と本が少し。
内職の材料。箱一つの日用品と食器。三冊のアルバム。それで全部の、小さな引っ越しだった。


彼女とお婆さんが住む事になったのは、平屋建ての長屋みたいな所の端。3DKで。
五世帯が二棟連なってる長屋の住人、高齢者ばかり。高齢者世帯向けの市営住宅だった。
俺と彼女の間での行き来は、何も変わらなくて。俺が休みとか家にいる時間は、来てて。
学校が夏休みになると、朝方から俺がいなくてもカギ開けて入って、待ってる感じで。
待たれてるとなると、バイトとか実習とか補講が終わるとすぐ家に足が向いて。
「おかえりなさい。」言って貰って。休日も、何がある訳でも無いけど一緒にいる感じで。

最初の頃は、七時頃には彼女家に送り届けて、お婆さんに挨拶して、おやすみ言って帰ったり、
そのまま夕食御馳走になって。お返しに何か届けて。またお返しされてって感じで。
そのうちに彼女が俺の部屋にいる時間が長くなって。彼女が夕食作ってくれる事も多くなって。
のんびりしすぎて、気がついたら遅い時間になってたりで、慌てて彼女の家まで出発したりで。
俺の部屋から市営までは、国道沿い歩いてほぼ真っ直ぐで徒歩二十分。軽い散歩程度の距離。
学校の近所で。近隣に住んでた友達とか講師とかと出くわしたりする事もあって。
逃げる訳にもいかないし腹決めて紹介して。俺が口に出して「カノジョ。」って言うと、
照れなのか顔赤くして、はにかんで。俺の後ろ隠れて。背中くっついて。それがかわいくて。

ほぼ全員に後から学校とかで「かわいかったー。けど何歳?」って事を聞かれて。
ちっちゃくて肉の薄い彼女は実年齢より下しか見えなくて。一番気になる部分だったみたいで。
中二で十四歳と言うと、ギリギリセーフと言う判定をされる事が多くて。
ロリコンとか変態とか、きっつい言葉も覚悟してたけど、結構反応柔らかくて、意外だった。
…でもこの頃、彼女と歩いてて、初めて職務質問をされた。夜十時くらいだったと思う。
若いお巡りさんに呼び止められて。彼女の年齢とか俺の立場とか聞かれて。素直に答えて。
彼女を家に送ってる所だと言うのは信じて貰えて。もう少し早く返すようにと言われて。
お巡りさんの口調が丁寧で、印象が悪くなかったから腹が立ったりはしなかった。
けどその話を友達にしたら「犯罪の臭い、したんじゃない?」そんな事言われて。結構へこんだ。